光に照らされて

日頃の疲れが溜まりどうしてもしんどい時は二人の子どもに頼んで少し休ませてもらう様にしています。「ママね、ちょっと疲れてるから、横になってきてもいい?」

子どもは「いいよ、いいよ。行っておいで」と答えてくれます。こうして私は気楽に横になることが出来ます。(こんな私を子ども達はどう思っているのかはわかりませんが。。)ベットに入り少しの間、寝てしまうと、ここのままずーとこうしていたいなーなんていう弱い私が必ず登場します。でも子ども達のことを考えると何かのスイッチが入ったように起き上がり一瞬はロボットの様に機械的に動くことをしながら、本来の私に戻っていくことができます。
今は子どもがいるからとか子どもの為にかという強い責任感や義務のようなものは不思議となく、そうすることがあたりまえでごく自然なことのようになっています。
このあたりまえでごく自然なことがどんなに大切なことだったかと思います。そんな私やこんな状況をつくってくれたのも私の二人の子ども存在だと思うのです。

子どもが光であるのならその光で大きくなっているのは親である私だったのです。

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